Last Updated on 2026年1月7日 by けん実おじさん
銀行が「闇社会」の財布になった日
総務のけん実おじさんです。
今回の監査対象は、日本経済史に残る最大の汚点、
「イトマン事件」
です。
1990年代初頭、住友銀行(現・三井住友銀行)の優良取引先だった商社「イトマン」を舞台に、3,000億円以上もの巨額資金が闇社会へと消えました。
その手口は、常軌を逸していました。
「市場価格の数倍で絵画を買う」「実体のないゴルフ場開発に融資する」
これらは全て、銀行から引き出した金を裏社会へ流すためのトンネルでした。
なぜ、日本を代表するエリート銀行が、ここまで食い物にされたのか?
その原因は、一人のカリスマ経営者による「独裁」と、それを止められなかった「ガバナンス(企業統治)の欠如」にあります。
現代のESG投資においても最重要ケーススタディとされるこの事件を、総務部の視点で徹底監査します。
独裁の始まり:「住友の天皇」と開かれたパンドラの箱
事件の元凶は、当時の住友銀行会長、磯田一郎氏です。
彼は強烈なリーダーシップで「向こう傷を恐れるな(利益のためなら多少のリスクは冒せ)」と行員を鼓舞し、絶対的な権力を握っていました。
行内で彼はこう呼ばれていました。
「住友の天皇」。
▼【監査ポイント】平和相互銀行合併の闇
1986年、住友銀行は首都圏進出のために「平和相互銀行」を吸収合併しました。
この合併は一筋縄ではいかず、磯田会長は禁じ手を使いました。
「闇社会のフィクサー」の手を借りたのです。
合併は成功しましたが、これにより銀行と裏社会の間にパイプができてしまいました。
一度借りた借りは、高くつきます。
この時に入り込んだ闇の勢力が、後のイトマン事件で銀行を食い荒らすシロアリとなったのです。
イトマンの変質:絵画取引という名の「資金洗浄」
磯田会長は、自分の腹心である河村良彦氏を商社「イトマン」の社長に送り込みました。
しかし、繊維不況で業績が低迷していたイトマンは、起死回生を狙って不動産や株の投機に走ります。
そこに現れたのが、稀代の詐欺師・許永中(ホ・ヨンジュン)です。
彼はイトマン経営陣に取り入り、信じられないスキームで資金を引き出しました。
絵画取引のカラクリ
許永中は、ピカソやロートレック、日本画の金屏風などをイトマンに購入させました。
問題はその価格です。
「市場価格の2倍〜3倍、時には数十倍」という法外な値段で売りつけたのです。
- イトマン: 住友銀行から融資を受けて代金を支払う。
- 許永中グループ: 受け取った代金と実際の絵画価格の「差額(数百億円)」をポッポないないする。
これは美術品取引に見せかけた、明らかな「資金洗浄(マネーロンダリング)」であり、会社のお金を横領する特別背任行為でした。
ロートレックの絵が、闇社会への送金小切手として使われたのです。
内部告発:「もはや銀行ではない」
住友銀行内部でも、異常事態に気づいている行員はいました。
融資部などが「これ以上イトマンに貸すな」と警告しても、上層部は動きませんでした。
なぜか?
イトマンと許永中のバックには、「磯田会長の威光」があったからです。
特に、磯田会長が溺愛する長女がこのグループに関わっていたため、誰も鈴をつけることができませんでした。
國重惇史の孤独な戦い
そんな中、一人のバンカーが立ち上がりました。
当時の取締役、國重惇史氏です。
彼は「住友銀行秘史」として知られる内部告発の記録を残し、マスコミ(日経新聞)に情報をリークしました。
「銀行の自浄作用は死んでいる。外圧で変えるしかない」 彼の命がけの告発により、ついに検察と大蔵省が動き出しました。
1990年10月、磯田会長は辞任。
翌年、イトマン経営陣と許永中は特別背任で逮捕されました。
住友銀行がこの事件で被った損失処理額は、約5,000億円と言われています。
監査総括:株主として企業をどう監視するか?
イトマン事件は、過去の話ではありません。 東芝の不正会計や、日産のゴーン事件など、**「権力者への忖度」**によるガバナンス不全は、今も日本企業の持病です。
私たち投資家は、株主として企業をどう監視すべきでしょうか?
教訓①:【G】「社長の在任期間」と「独裁」を疑え
磯田会長のように、長期政権を敷く経営者はリスク要因になり得ます。
- 「社外取締役は機能しているか?」
- 「イエスマンばかりで固められていないか?」
招集通知や統合報告書で、ガバナンス体制(G)をチェックする必要があります。
教訓②:【S】取引先の「質」を見よ
住友銀行は利益のために、反社会的勢力と関わりのある人物を利用しました(Sの欠如)。
一時的には儲かっても、最終的にはその何倍もの社会的制裁と損失を受けます。
「コンプライアンス(法令順守)」は、単なるマナーではなく、企業の生存条件なのです。
教訓③:違和感のある「数字」を見逃すな
- 「本業と関係ない絵画を大量に買っている」
- 「利益率が異常に高い(または低い)」
決算書の不自然な数字の裏には、必ず何かがあります。
数字というファクトは嘘をつきません。
【総務部からの提言】
「株を買う」ということは、その企業のオーナーになるということです。
配当や優待だけでなく、「この経営陣に自分のお金を預けて大丈夫か?」という厳しい目で監査してください。
イトマン事件のような悲劇を二度と繰り返さないために、私たち株主の監視の目が不可欠なのです。


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