【総務部監査報告】「買値」という呪い。塩漬け株を生む「アンカリング効果」と「サンクコスト」の正体

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【歴史・教養】投資の失敗学

Last Updated on 2026年1月7日 by けん実おじさん

投資家の脳にかけられた「呪い」

総務のけん実おじさんです。

今回の監査対象は、投資家のポートフォリオを腐らせる最悪の病理、

「塩漬け株(Salted Stock)」

です。

あなたの証券口座にもありませんか?

ずっとマイナスのまま、見るのも嫌になって放置されている銘柄が。

不思議なものです。

少し利益が出たら「下がる前に!」と慌てて売る(利食い)のに、損失が出たら「いつか戻るはず」と何年も持ち続ける。

これを投資用語で「利小損大(りしょうそんだい)」と呼びますが、

なぜこれほど多くの人が、合理性とは真逆の行動をとってしまうのでしょうか?

  • 「自分には投資の才能がないから?」
  • 「勉強不足だから?」

いいえ、違います。

監査の結果、判明した原因はもっと根深いものです。

これはあなたの性格の問題ではなく、人間の脳に刻まれた「バグ(認知バイアス)」によるものです。

私たちの脳は、原始時代から「損失(痛み)」を極端に避けるように進化してきました。

その本能が、金融市場という特殊な環境下では「破滅へのアクセル」として機能してしまうのです。

本報告書では、行動経済学のメスを入れ、あなたを縛り付けている「買値」という呪いの正体を暴きます。

結論から言えば、「いくらで買ったか」を記憶から抹消する技術こそが、投資家として生き残るための唯一の道です。


認知バイアス監査①:アンカリング効果

なぜ、私たちは損切りができないのか。

その最大の犯人は、「アンカリング効果(Anchoring Effect)」と呼ばれる心理現象です。

① 定義:脳は「最初の数字」に支配される

アンカー(Anchor)とは、船の「錨(いかり)」のことです。

一度錨を下ろしてしまうと、船はそこから一定の範囲しか動けなくなります。

人間の脳も同じです。

不確実なこと(株価の未来など)を判断するとき、脳は「最初に見せられた数字(初期値)」を基準点(アンカー)にして、そこからの調整で物事を考えようとします。

投資において、このアンカーとなる最強の数字は何でしょうか?

そう、「買値(取得単価)」です。

② 投資の罠:「1,000円」の呪縛

具体的な監査事例で見てみましょう。

あなたは、ある企業の株を「1,000円」で購入しました。

この瞬間、あなたの脳には「この株の価値=1,000円」という強烈なアンカーが打ち込まれます。

その後、業績が悪化し、株価が「900円」に下がりました。

客観的な市場(他人)から見れば、ただ「今の価値は900円だ」という事実があるだけです。

しかし、アンカーを打たれたあなたの目には、全く違う景色が見えています。

  • 市場の視点: 「この株は900円の価値しかない(下落トレンドだ)」
  • あなたの視点: 「本来1,000円の価値があるものが、今は900円になっている。つまり100円安い(割安だ)

これが致命的な認知の歪みです。

あなたは「100円の損失」という事実を認めたくないあまり、無意識に「バーゲンセール中だ」と脳内で変換してしまうのです。

だから、「安いからナンピン(買い増し)しよう」「戻るまで待とう」という誤った判断を下します。

③ 冷徹な真実:市場はあなたの財布を知らない

ここで、残酷ですが重要な事実を突きつけます。

市場は、あなたがその株をいくらで買ったかなど、これっぽっちも興味がありません。

あなたが1,000円で買おうが、500円で買おうが、あるいは空売りしていようが、市場価格は「企業の現在の価値」と「需給」だけで決まります。

「私が1,000円で買ったんだから、せめて1,000円までは戻るべきだ」 というのは、天に向かって「私が傘を持っていないから雨を降らすな」と祈るのと同じくらい、傲慢で無意味な思考です。

アンカリング効果とは、「自分だけの個人的な事情(買値)」を、「市場の客観的な事実」よりも優先させてしまう脳のエラーです。

この錨を断ち切らない限り、あなたの船(資産)は沈みゆく泥船と共に、海の底へと引きずり込まれることになるでしょう。

認知バイアス監査②:サンクコストとプロスペクト理論

前回の「アンカリング効果(買値の呪い)」に続き、投資家を地獄へ引きずり込むあと2つの強力な鎖について監査します。

これらは、あなたの「理性」ではなく「本能」に直接働きかけるため、非常に厄介です。

① サンクコスト(埋没費用):呪われた「もったいない」精神

  • 「ここまで時間をかけて分析した銘柄だから」
  • 「これだけ損をしているのだから、元を取らないと気が済まない」

このように、過去に支払ってしまい、もう戻ってこないコスト(金銭、時間、労力)のことを「サンクコスト(埋没費用)」と呼びます。

経済学的に言えば、過去のコストは「ゼロ」として扱い、これからの未来だけを見て判断するのが正解です。

しかし、人間は「無駄」を極端に嫌います。

映画がつまらなくても「チケット代を払ったから」と最後まで見てしまう。

これが投資で起きると、「損失を取り戻そうとして、さらに傷口を広げる(ナンピン買いの泥沼)」という自殺行為に走ります。

「もったいない」という感情は、食堂では美徳かもしれませんが、相場では破滅への第一歩です。

② プロスペクト理論:損失は「2倍」痛い

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンらの研究により、人間の感情の歪みが数学的に証明されました。

それが「プロスペクト理論」です。

人間は、「1万円得する喜び」よりも、「1万円損する痛み」を約2倍〜2.5倍強く感じます(損失回避性)。

  • 利益(+10万円)のとき: 「この喜びを失いたくない!」という恐怖が働き、まだ上がるかもしれないのに、すぐに売って利益を確定させる。(リスク回避)
  • 損失(-10万円)のとき: 「この強烈な痛みを確定させたくない!」という拒絶反応が働き、リスクを冒してでも「戻るかもしれない」という低い確率に賭けて持ち続ける。(リスク愛好)

この非対称性が、投資家の行動を歪めます。

「利益は怖くてすぐに逃げるが、損失からは逃げずに抱きしめる」 この矛盾した行動原理こそが、塩漬け株の製造ラインなのです。

③ 脳科学的視点:扁桃体のハイジャック

なぜ、損切りボタンを押そうとすると、動悸がしたり、手が震えたりするのでしょうか?

それは、あなたの脳内で「扁桃体(へんとうたい)」が暴走しているからです。

扁桃体は、恐怖や生存本能を司る原始的な部位です。

お金を失うことを、脳は「生命の危機(食料を奪われること)」と同義だと認識します。

損切りしようとした瞬間、扁桃体が「緊急警報! 逃げるな! 痛みを確定させるな!」と全身に指令を送ります。

これにより、論理的思考を司る「前頭前野」が機能不全に陥り(ハイジャックされ)、あなたは合理的な判断ができなくなります。

損切りできないのは、あなたの意志が弱いからではなく、脳が全力で「生存しよう」としてエラーを起こしている状態なのです。


失敗事例監査:あるあるシナリオ

これらのバイアスが複合的に作用したとき、投資家はどのような末路を辿るのか。

典型的な「爆死シナリオ」を監査します。

ケースA:戻り待ちの悲劇(茹でガエル)

  • 初期(-5%): 「まあ、一時的な調整(押し目)だろう。1,000円で買った優良株だ」 → アンカリング効果により、楽観視。
  • 中期(-20%): 「おかしいな。でも今売ったら損が確定してしまう。戻るまで待とう」 → 損失回避性が発動。不快な現実から目を逸らす。
  • 末期(-50%): 「もう売れない。半値になってしまった。配当をもらいながら、孫の代まで持っておこう」 → サンクコストの呪縛により、思考停止。資金が完全に拘束され、他のチャンス(機会損失)も全て失う。

ケースB:利小損大の罠(コツコツドカン)

  • 利益局面: 100円上がっただけで、「下がる前に!」と慌てて売却。小さな利益に安堵する。
  • 損失局面: 100円下がっても、「まだ大丈夫」と耐える。500円下がっても、「リバウンドするはず」と耐える。
  • 結果: 小さな勝ち(コツコツ)を積み上げても、たった一度の塩漬け・暴落(ドカン)ですべてを吹き飛ばす。

対策と提言:呪いを解く「鉄の掟」

脳の構造がそうなっている以上、精神論で克服することは不可能です。

必要なのは、バイアスを強制的に遮断する「システム」と「思考法」です。

対策①:再取得テスト(リフレーミング)

塩漬け株をどうするか迷ったら、自分にこう問いかけてください。

「もし今、この株を持っていなくて、現金(時価総額分)を持っているとしたら、今の株価でこの株をまた買いますか?」

  • 答えが「YES」: 保有し続けても構いません。それは前向きな投資判断です。
  • 答えが「NO」: 今すぐ売ってください。

「持っていなければ買わない」株を「持っているから売らない」というのは、サンクコストと現状維持バイアスに支配されている証拠です。

一度「現金」に戻して考え直すことで、買値の呪縛を断ち切ることができます。

対策②:オデュッセウスの契約(自動化)

ギリシャ神話の英雄オデュッセウスは、セイレーンの歌声(誘惑)に惑わされないよう、自分の体をマストに縛り付けました。

投資家も、理性が働いているうちに未来の自分を縛るべきです。

「エントリーと同時に、必ず『逆指値(ストップロス)』注文を入れる」

これを鉄の掟としてください。

「いくらになったら売ろう」という“決意”は役に立ちません。暴落時には恐怖で指が動かないからです。

システムに執行させることで、感情が介入する余地を物理的に消去します。

「損切り」を「失敗」ではなく、ビジネスにおける「必要経費(保険料)」として計上するのです。

総括:過去を見るな、未来を見ろ

市場において、「あなたがいくらで買ったか(過去)」はゴミほどの価値もありません。

重要なのは、「今いくらか(現在)」と「これからどうなるか(未来)」だけです。

「買値」という重い錨(アンカー)を引きずったままでは、荒れ狂う相場の海を渡り切ることはできません。

勇気を持って錨を切り離してください。 身軽になったその手には、次のチャンスを掴むための「現金(キャッシュ)」という最強の武器が残っているはずです。

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