Last Updated on 2026年1月7日 by けん実おじさん
「自分だけは大丈夫」が一番危ない
総務のけん実おじさんです。
今回の監査対象は、投資家の資産を食い潰す最大の敵、
「正常性バイアス」
です。
災害時、非常ベルが鳴り響いているにもかかわらず、「まあ、誤作動だろう」「自分だけは大丈夫だ」と根拠なく思い込み、避難せずに命を落とすケースが後を絶ちません。
実は、投資の世界でもこれと全く同じ「座して死を待つ」現象が起きています。
- 「暴落なんてすぐに戻るはずだ」
- 「天下の〇〇社だから潰れるわけがない」
- 「長期投資だから、今のマイナスは関係ない」
チャートが崩れ、企業のファンダメンタルズが悪化しているにもかかわらず、そう自分に言い聞かせ、損切りのタイミングを逃して資産を溶かす。
断言しますが、これはあなたの知識不足でも、経験不足でもありません。
数百万年の進化の過程で、人間の脳に刻み込まれた「バグ(仕様)」なのです。
人間は、変化を嫌う生き物です。
私たちの脳は、平穏な日常を守るために、不都合な情報を無意識にシャットダウンする機能を持っています。
これが平時には「心の安定」をもたらしますが、暴落という非常時には「逃げ遅れ」という致命傷をもたらします。
今回は、災害心理学と行動経済学のメスを入れ、なぜ私たちはサイレンが鳴っても動けないのかを解剖します。
そして、大暴落という「経済的災害」から、大切な資産を持って生還するための避難マニュアルを策定します。
正常性バイアスの正体:脳が作る「心の防波堤」
人間は、予期せぬ事態や過度なストレスに直面したとき、心が壊れてしまわないよう、自動的に防衛本能を働かせます。
「これは異常事態ではない。想定の範囲内だ。まだ慌てる時間じゃない」 そう脳が勝手に事実を過小評価し、解釈を歪める機能、それが「正常性バイアス(Normalcy Bias)」です。
これは心の「防波堤」です。
小さな波(日常のストレス)なら防いでくれますが、津波(大暴落)が来たときには、波が見えなくなることで避難を遅らせ、被害を拡大させる最悪の要因となります。
【監査分析】投資家を逃げ遅れさせる「3つの心理的罠」
このバイアスは、以下の3つの要素と結びつくことで、投資家を完全な思考停止(フリーズ)に追い込みます。
① 認知的不協和の解消(現実逃避のロジック)
人間は、自分の「信念」と目の前の「現実」が食い違ったとき、強烈な不快感(認知的不協和)を覚えます。
- 信念: 「私は賢い投資家だ。この銘柄は上がると分析した」
- 現実: 「株価が暴落し、含み損が拡大している」
この矛盾を解消するには、「失敗を認めて売る(損切り)」か、「現実の方を捻じ曲げる」かの二択しかありません。
そして、多くの人の脳は、痛みを伴う損切りを避け、楽な方を選びます。
「市場が間違っている」「これは一時的な調整であり、長期的には上がる」 そう自分に都合の良いストーリーをでっち上げ、保有し続ける正当性を確保してしまうのです。
② 茹でガエル現象(変化への麻痺)
ブラックマンデーのような大暴落なら、パニックになって逆にすぐ逃げられるかもしれません。
怖いのは、「じわじわと下がり続ける相場」です。
毎日1%ずつの下落。これくらいなら「誤差の範囲」と脳は処理します。
その「誤差」が積み重なり、気づけばマイナス30%、マイナス50%……。
水温の変化に慣れてしまったカエルは、熱湯になっても飛び出すタイミングを失い、そのまま茹で上がって死んでしまいます。
「いつか戻る」と思っているうちに、あなたの資産は致命傷を負っているのです。
③ 集団同調性バイアス(赤信号の安心感)
- 「自分だけ逃げるのは恥ずかしい」
- 「みんなが残っているなら大丈夫だろう」
災害時に逃げ遅れる最大の原因がこれです。
投資でも、SNSを見れば「ガチホ(本気でホールド)一択!」「握力強めで!」といった勇ましい言葉が溢れています。
「みんなも含み損なんだから、自分だけじゃない」 この誤った安心感が、あなたを地獄の底まで道連れにします。
市場において、多数派が常に正しいとは限りません。
むしろ、暴落時には「みんな」と一緒にいることこそが、最大のリスクなのです。
逃げ遅れのメカニズム:釜石の奇跡に学ぶ
東日本大震災において、多くの小中学生が津波から生き延びた事例は「釜石の奇跡」と呼ばれています。
彼らが生死を分けたのは、運ではありません。
防災教育で叩き込まれていた「率先避難者たれ」という鉄の掟でした。
これを投資の世界に置き換えたとき、私たちが生き残るための「避難三原則」が見えてきます。
原則①:想定にとらわれるな(Don’t trust assumptions)
人間は危機に直面すると、過去の経験や都合の良い情報をかき集めて、「安心できる想定」を作ろうとします。
- 「過去のチャートでは、ここが底値だった」
- 「国や日銀が助けてくれるはずだ(Fed Put)」
- 「リーマンショック級のことはそうそう起きない」
その「想定」を今すぐ捨ててください。
ハザードマップが津波の到達点を保証しないのと同様に、過去のデータは未来の暴落を保証しません。
市場は常に、私たちの想定を嘲笑うかのように、あり得ない価格(マイナス原油価格など)をつける場所です。
「まさかここまで下がるとは」という言葉は、退場する投資家が最後に残す遺言です。
最悪のシナリオは、常に更新されるのです。
原則②:最善を尽くせ(Do your best)
ここで言う「最善」とは、利益を出すことではありません。
「生き残ること」です。
多くの投資家は、暴落中にこう悩みます。
- 「あの最高値で売っていれば…」
- 「せめて買値に戻るまでは待ちたい…」
これは、迫りくる津波を前にして「家に財布を忘れたから取りに戻りたい」と言っているのと同じです。
過去の最高値や買値(アンカリング)への未練は、あなたの足を止める鎖です。
今、この瞬間の価格が「現実」です。
財布の中身が半分になっていたとしても、残りの半分を持って高台へ逃げること。
それが、今のあなたにできる唯一かつ最善の行動です。
原則③:率先避難者たれ(Be the first to evacuate)
災害時、人は周囲を見回します。
「誰も逃げていないから、まだ大丈夫だろう」と。
しかし、釜石の子供たちは違いました。
大人が逃げていなくても、自分から走り出したのです。
それを見て、大人たちも我に返って逃げ始めました。
投資も同じです。
SNSや掲示板を見て、「みんなも耐えている」「パニック売りは養分だ」という同調圧力に屈してはいけません。
笑いたければ笑わせればいいのです。
「誰よりも早く逃げた者(臆病者)」だけが、キャッシュという酸素ボンベを持って生き残れます。
暴落が収まった後、焼け野原になった市場で、安値で株を拾えるのは「逃げ遅れなかった臆病者」だけなのです。
対策:オデュッセウスの契約(自分を縛る)
ここまで読んでも、おそらくあなたは暴落の瞬間に損切りできないでしょう。
なぜなら、前述の通り「正常性バイアス」は本能であり、恐怖で扁桃体がハイジャックされた脳に、意志の力など通用しないからです。
唯一の対策は、「理性が働いている平時のうちに、未来の自分を物理的に縛る」ことです。
ギリシャ神話の英雄オデュッセウスが、セイレーンの誘惑(バイアス)に負けないよう、自分の体をマストに縛り付けた逸話にちなみ、これを行動経済学で「オデュッセウスの契約(事前コミットメント)」と呼びます。
総務部として、以下の「防災マニュアル」の導入を義務付けます。
対策①:ハード・ストップ(逆指値)の自動化
「10%下がったら売ろう」と心に誓う(メンタル・ストップ)のは無意味です。
いざその価格になれば、「あと少しで反発するかも」という悪魔が必ず囁くからです。
エントリーした瞬間に、証券会社のシステムに「逆指値注文(ハード・ストップ)」を入れてください。
これは、あなたの指の代わりに、システムという冷徹な機械に引き金を引かせる行為です。
感情が入る余地を物理的に遮断してください。
「狩られるのが嫌だ」と言う人がいますが、損切り貧乏で資産が減るのと、一度の暴落で全てを失うのと、どちらがマシでしょうか?
対策②:プレ・モーテム(死亡前死因分析)
プロジェクトが終わった後の反省会(ポスト・モーテム)ではなく、始める前に「失敗した未来」を想像する手法です。
投資する前に、目を閉じて想像してください。
「今は1年後です。私のポートフォリオは大暴落し、資産が半減して破産しました」 ……さて、なぜそうなったのでしょうか?
原因を書き出してください。
- 「損切りラインを無視してナンピンしたから」
- 「一つの銘柄に集中投資しすぎたから」
- 「レバレッジが高すぎたから」
それが、あなたの未来の死因です。
死因がわかっているなら、今すぐその穴を塞いでください。
これが最強のリスク管理です。
対策③:避難訓練(負ける練習)
防災訓練をしていない人が、火事の現場で消火器を使えないのと同じです。
少額で構いません。
あえてエントリーし、あえて微損で撤退する「損切りの練習」を積んでください。
脳に「損切りは『失敗』ではなく、事業継続のための『必要経費(保険料)』である」と覚え込ませるのです。
呼吸をするように損切りができるようになれば、あなたは正常性バイアスの呪縛から解き放たれています。
監査総括:生き残る者が勝者
相場の世界において、「未来の予測」は誰にもできません。
私たちにできるのは、いつ嵐が来てもいいように「準備」することだけです。
「自分だけは大丈夫」 そう思った瞬間、あなたはすでに災害の渦中にいます。
正常性バイアスという名の麻酔を打たれ、茹でガエルになっているのです。
警報が鳴ったら、理由を探す前に走ってください。
「間違って逃げた」なら、それはラッキーです。市場に戻って、また買い直せばいいだけですから。
しかし、「間違って逃げ遅れた」場合、そこに次はありません。
あなたの資産と命を守れるのは、市場の神様でも、優秀なAIでもありません。
「恐怖を感じ、誰よりも早く逃げる勇気」を持った、あなた自身だけなのです。


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