Last Updated on 2026年1月7日 by けん実おじさん
「儲かっているのに潰れる」という怪談
総務のけん実おじさんです。
今回の監査対象は、ビジネス界における最大のパラドックス、
「黒字倒産」
です。
みなさんはこの言葉を聞いたことがあるでしょうか?
ニュースやビジネス書で頻繁に目にする言葉ですが、「じゃあ、具体的にどういう状態なのか説明してくれ」と言われると、口ごもってしまう人が大半ではないでしょうか。
「黒字」とは儲かっている状態。
「倒産」とは会社が潰れること。
普通に考えれば、この2つは矛盾しています。
儲かっているなら、なぜ潰れる必要があるのか?
私は大学で会計を専攻し、その後、中小企業の経理畑で15年間、数字と格闘してきました。
その経験から断言できますが、もし私がこの道に進んでいなければ、私もおそらくこの「トリック」を正しく理解できていなかったでしょう。
結論から申し上げます。
「会計上の利益」と「手元の現金」は、全くの別物です。
多くの人が、この2つをイコールだと勘違いしています。
「利益が出ている=お金持ち」だと思っている。
その油断こそが、会社を死に至らしめる病魔の正体です。
今回は、経理のプロとして、なぜ会社は黒字のまま息絶えるのか?
そのメカニズムを徹底的に監査します。
商売の基本と「利益」の正体
まずは基本のキ、商売の構造から監査していきましょう。
難しく考える必要はありません。
商売とは、究極的にシンプルです。
商売の基本サイクル
商売とは、以下のプロセスで成り立っています。
- 調達: モノを買ってくる、あるいは作る。
- 販売: それを他人に売る。
- 差益: かかったコストと、売れた金額の差額を「儲け」とする。
例えば、50円で仕入れたリンゴを100円で売れば、50円の儲けです。
どんなに巨大なグローバル企業でも、町の八百屋さんでも、会計を紐解けば必ずこの原理にたどり着きます。
もちろん、厳密には「仕入れ代(売上原価)」だけではありません。
事務所の家賃、商品を管理する人の給料、営業車のガソリン代や減価償却費……。
売上を立てるために費やした全ての「経済的価値」を「費用」と呼びます。
そして、
「売上 - 費用 = 利益(黒字)」
となります。
会計上のトリック:「売れた」と「入金」のタイムラグ
ここからが本題です。
会計の世界には、日常生活の感覚とは決定的に違うルールがあります。
それは、「売上が確定するタイミング」と「お金が入ってくるタイミング」は違うということです。
我々がコンビニで買い物をするときは、「商品を受け取る(売上)」と「現金を払う(入金)」が同時です。
しかし、企業間取引(BtoB)や高額商品の取引では、これがズレます。
- 今日: 商品を納品し、請求書を送る。(会計上はここで「売上」が立ち、「黒字」になります)
- 来月末: 銀行口座にお金が振り込まれる。(ここで初めて「現金」が増えます)
このズレている期間に存在するのが「売掛金(うりかけきん)」という権利です。
「あとでお金を貰える権利」ですね。
会計上の「黒字」とは、あくまで「権利としてのプラス」計算結果に過ぎません。
金庫の中身が増えたことを意味しているわけではないのです。
この「計算上の数字」と「現実の現金」の乖離、これこそが黒字倒産の温床となります。
事例監査① 中古車屋はなぜ潰れたか(タイムラグの罠)
概念だけでは分かりにくいので、私が作成した架空の(しかし現実にありふれた)事例で監査を進めます。
ある個人経営の中古車屋さんをイメージしてください。
彼は腕利きの整備士で、目利きにも自信があります。
完璧なビジネスモデル(に見えるもの)
彼はある日、市場で掘り出し物の車を見つけました。
- 仕入: 200万円で中古車を仕入れた。
- 整備: 修理費やパーツ代、自分の営業経費などで500万円をかけた。
- 原価合計: 700万円(200万+500万)。
彼はこの車をピカピカに仕上げ、店頭に並べました。
すると、すぐに買い手がつきました。
価格はなんと1,500万円。
- 売上: 1,500万円
- 費用: 700万円
- 利益: 800万円
どうでしょう?
原価700万円のものが1,500万円で売れたのですから、利益率は50%以上。
会計上は文句なしの「大黒字」です。
税金を払ったとしても、手元には相当な額が残る……はずでした。
悪魔の囁き:「支払いを待ってくれ」
しかし、ここで歯車が狂い始めます。
彼には手元資金がありませんでした。
仕入や整備にかかった700万円は、全額銀行からの短期借入(借金)で賄っていました。
「売れればすぐに返せる」と思っていたからです。
車が売れたとき、お客様はこう言いました。
「いや~、どうしてもこの車が欲しいんだけど、今ちょっと手持ちがなくてね……。支払いを1年待ってくれないか?」
店主は悩みました。 (1年か……長いな。でも、せっかく見つかった買い手だ。これを逃すと次はいつ売れるかわからない。それに、1,500万円も払ってくれるお得意様になれば、将来のメンテでも稼げるかもしれない)
店主は決断しました。
「わかりました。来年の今日、一括でお支払いください」
これで商談成立です。
会計帳簿には、バッチリと「売上1,500万円」「利益800万円」と記帳されました。
決算書を見れば、この店は超優良な黒字企業です。
訪れるXデー
数ヶ月後、銀行への返済期限がやってきました。
銀行員が店にやってきます。
「社長、先日お貸しした700万円、期日が来ましたので返済をお願いします」
店主は笑顔で答えます。
「ああ、あの車なら売れましたよ! 1,500万円でね! 大黒字です!」
「それは素晴らしい。では、その売上金で返済をお願いします」
「いや、実はお客さんの都合で、入金は1年後なんです。だから、返済もそれまで待ってくれませんか? 利益は出ているんですから、安心でしょう?」
しかし、銀行員の顔色は変わりません。
冷徹にこう告げます。
「それはできません。契約通り、今すぐ返してください」
店主は慌てます。
「え? でも、黒字ですよ? 800万円も儲かってるんですよ?」
「社長、会計上の利益なんて関係ないんです。今、返す現金があるかどうかが全てです」
倒産の瞬間
店主は金庫を開けますが、そこには1円もありません。
あるのは「1年後に1,500万円貰える権利(売掛金)」という紙切れだけです。
従業員への給料も払えません。
電気代も払えません。
そして何より、銀行への不履行(デフォルト)が発生しました。
銀行は担保を差し押さえ、取引を停止します。
店主は叫びます。
「なんでだ! 俺は800万円も儲けたはずなのに!」
これが、黒字倒産です。
昔の商人はこれを「勘定合って銭足らず」と呼びました。
計算上の帳尻は合っているのに、肝心の銭(現金)が足りない。
極端な例に見えるかもしれませんが、これに近いことは日常茶飯事で起きています。
「今月末に入金されるはずの売掛金が、取引先のミスで来月にズレ込んだ」
たったこれだけのことで、ギリギリで回している会社は、従業員の給料が払えずに倒産するのです。
事例監査② 利益の使い道を間違える(固定化の罠)
前回は「入金のタイムラグ」による黒字倒産を見ましたが、もう一つ、経営者が陥りやすい致命的な罠があります。
それは、「儲かったお金の使い道を間違える」ことです。
成金の土地買い
あるIT企業を想像してください。
この会社は今期、爆発的にヒット商品が出て、手元に1億円の現金が残りました。
もちろん、決算書はピカピカの黒字です。
社長は考えました。
「1億円も現金で持っていても銀行金利はゼロだ。もったいない」
「そうだ、本社ビルを建てるための土地を買おう! 土地なら資産価値も下がらないし、将来値上がりするかもしれない!」
社長は手元の1億円をすべて使い、一等地の土地を購入しました。
貸借対照表(バランスシート)を見ると、資産の合計額は変わりません。
「現金1億円」が「土地1億円」に変わっただけです。
会計上、会社の資産価値は減っていません。
暗転:商売の冬
しかし翌年、競合他社が現れ、売上が急減しました。
毎月の入金は減り、逆に出ていくお金(人件費やサーバー代)は変わりません。
あっという間に、会社の運転資金は底をつきました。
「来月の給料が払えない……!」
社長は慌てて、去年買った土地を売ろうとします。
しかし、不動産は「流動性(換金しやすさ)」が極めて低い資産です。
すぐに買い手が見つかるわけもなく、見つかったとしても足元を見られて叩き売るには時間がかかります。
資産持ちの倒産
結果、どうなるか?
「1億円の土地を持っているのに、給料の100万円が払えずに倒産」します。
これが「資産の固定化」による黒字倒産です。
会計上は「資産家」に見えますが、その資産が「すぐにパンに変えられるもの(現金)」でなければ、飢えをしのぐことはできません。
商売において、流動性の低い資産(土地、建物、在庫)を過剰に持つことは、酸素ボンベを捨てて金塊を背負って泳ぐようなものなのです。
監査総括「キャッシュフローこそが命」
2回の監査を通じて、黒字倒産の正体が見えてきたはずです。
倒産の直接原因は「赤字」ではない
会社が潰れる直接の原因は、「赤字になること」ではありません。
「支払うべき現金がなくなること(資金ショート)」です。
極端な話、ずっと赤字でも会社は潰れません。
銀行が貸してくれたり、親会社が補填してくれたりして、金庫に現金さえあれば、何年でも赤字のまま生き延びることができます(いわゆるゾンビ企業です)。
逆に、どんなに黒字でも、現金が尽きた瞬間に会社は即死します。
これを人間で例えるなら、こうなります。
- 利益(黒字・赤字): 身体の「脂肪」や「筋肉」。
- 現金(キャッシュ): 身体を巡る「血液」。
脂肪(利益)がたくさんあっても、出血多量で血液(現金)がなくなれば人は死にます。
逆に、ガリガリに痩せていても(赤字でも)、輸血(借入)によって血液さえ巡っていれば、とりあえず心臓は動き続けます。
【総務部からの提言】決算書の読み方を変えろ
最後に、投資家やビジネスマンであるあなたへの提言です。
会社の健康状態を見るとき、「損益計算書(PL)」の「売上」や「利益」だけで判断していませんか?
それは、化粧をした顔だけを見て「健康だ」と言っているようなものです。
必ず「キャッシュフロー計算書(CS)」を見てください。
特に「営業キャッシュフロー」がプラスになっているか。
これは、「本業でちゃんと現金を稼げているか」を示す数字です。
- 利益は出ているのに、営業キャッシュフローがマイナスになっている会社
これは「売上は立っているが、金が入ってきていない(売掛金が溜まっている)」か「在庫を抱えすぎている」危険な兆候です。
まさに今回紹介した、黒字倒産予備軍の典型的なパターンです。
「勘定合って銭足らず」 この言葉を胸に刻んでください。
ビジネスの世界で最後に生き残るのは、計算上の利益が高い者ではなく、しぶとく現金を握りしめている者なのです。


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