Last Updated on 2026年1月7日 by けん実おじさん
モンテカルロの悪夢
総務のけん実おじさんです。
今回の監査対象は、投資家の資産を音もなく溶かす脳のバグ、
「ギャンブラーの誤謬(ごびゅう)」
です。
100年以上前の夏、あるカジノで起きた「悪夢」をご存知でしょうか?
この事例は、人間の理性が確率の前でいかに無力かを示す、歴史的な教訓です。
① 1913年、理性が死んだ夜
1913年8月18日、モナコ公国のモンテカルロ・カジノ。 ルーレット・テーブルを囲む紳士淑女たちは、異様な興奮と混乱の渦中にありました。
ルーレットのボールが、なんと20回連続で「黒」に入り続けていたのです。
確率は(ゼロを除けば)赤と黒で50:50のはず。
常識的に考えれば、これほど黒が続くのは異常です。
その場にいた誰もがこう確信しました。
「確率は均衡を保つはずだ。これだけ黒が続いたのだから、次は絶対に赤が来る!」
彼らは狂ったように「赤」にチップを積み上げました。
しかし、21回目も黒。22回目も黒。 回を重ねるごとに、「今度こそ」「そろそろ義務として赤が出るはずだ」という悲痛な祈りと共に、賭け金は幾何級数的に膨れ上がりました。
結局、ボールが赤に入ったのは、「黒が26回連続」した後でした。
その夜、カジノ側は数億円規模の利益を得て、逆に「確率の収束」を信じた多くのギャンブラーが破産して退場しました。
彼らを殺したのは不運ではありません。「そろそろ逆が出るはず」という、根拠なき思い込みです。
② 投資家を襲う「値頃感」の罠
「カジノの話でしょ? 投資とは関係ない」 そう笑ったあなた。
あなたのポートフォリオを監査させてください。
- 「3日連続で暴落したから、明日は反発(自律反発)するだろう」
- 「円安が行き過ぎたから、そろそろ揺り戻しが来るはずだ」
これらは全て、モンテカルロの客と同じ思考回路です。
チャートという「過去の結果」を見て、「そろそろ反対のことが起きる」と予測する。
これを投資用語で「値頃感(ねごろかん)」と言いますが、心理学的には「ギャンブラーの誤謬」と呼ばれる認知バイアス(脳の欠陥)に過ぎません。
結論を申し上げます。
「そろそろ」という言葉が頭に浮かんだら、それは投資ではありません。自殺行為です。
市場はあなたに借りを返そうとはしませんし、バランスを取る義務も負っていません。
この幻想を捨てない限り、あなたの資産はモンテカルロの客と同じ末路を辿ることになります。
確率論監査:コインに記憶はない
なぜ、私たちはこれほどまでに確率を誤解するのでしょうか?
その原因は、学校で習った「大数の法則」の誤った解釈と、物理法則の無視にあります。
① コインは「前回」を覚えていない
確率論の基本原則、「独立事象(Independent Events)」を監査します。
コイン投げをイメージしてください。
5回連続で「表」が出ました。
さて、6回目に「裏」が出る確率は?
多くの人の脳は、直感的に「裏が出る確率が高い(60%くらい?)」と感じます。
「バランスを取らないといけないから」です。
しかし、数学的な正解は「50%」です。
1回目と全く変わりません。
なぜなら、コインには脳みそも記憶装置もないからです。
コインは空中で回転しながら、「おっと、さっきまで5回連続で表だったな。そろそろ裏を出してバランスを取ってやるか」などと配慮してくれません。
前回の結果がどうであろうと、今回の物理運動には1ミリも影響を与えない。
これが「独立事象」です。
ルーレットも、サイコロも、そして短期的な相場変動(ランダムウォーク)も同様です。
「過去」と「未来」の間には、あなたが期待するような因果関係の糸は繋がっていないのです。
② 「大数の法則」の大いなる誤解
「でも、何万回も投げれば、確率は半々に近づく(大数の法則)じゃないか?」 という反論が聞こえてきそうです。
確かにその通りですが、ここには致命的な勘違いがあります。
多くの人は、確率は「自己修正(Correction)」すると信じています。 (表が出すぎたら、裏が多く出て借金を返す動きをする)
しかし、実際には確率は「希釈(Dilution)」されるだけです。 (表が出すぎた事実はそのままで、その後の膨大な試行によって、最初の偏りが薄まって見えなくなるだけ)
【監査シミュレーション】
- 10回投げて、全部「表」でした。(表率100%)
- 「大数の法則」を信じて、次の10回は「裏」が続くと期待しますか? いいえ、確率は50%です。
- 次の10回は、普通に5回ずつ出たとします。
- 合計20回で、表15回・裏5回。(表率75%)
見てください。
誰も修正してくれません。
ただ、分母が増えることで、最初の「100%」という異常値が「75%」に薄まっただけです。
これを1000回、1万回と繰り返すことで、ようやく50%に近づいて見えます。
しかし、「次の1回」において、裏が出る確率が高まった瞬間は一度たりとも存在しません。
相場で「下がりすぎたから上がるはず」と期待するのは、 「コインが表ばかり出たから、次は宇宙の法則が介入して裏を出してくれるはずだ」 と信じているのと同じオカルトなのです。
市場監査:丁半博打と株式投資の違い
前回の報告で、「コインやルーレットに記憶はない(独立事象)」という冷徹な事実を監査しました。
では、我々が戦っている「株式市場」はどうなのでしょうか?
カジノと同じく、予測不可能なギャンブルなのでしょうか?
答えは、「半分イエスで、半分ノー」です。
この区別がつかない人が、相場で退場していきます。
① 短期視点:市場は「酔っ払い」である
明日の株価が上がるか下がるか。
これを予測することは可能か?
経済学には「ランダムウォーク仮説」という理論があります。
株価の短期的な動きは、千鳥足で歩く酔っ払いと同じで、規則性がなく、予測不可能だという理論です。
「3日続落したから、明日は反発する」 「チャートがこの形だから、次は上がる」
これらは全て、酔っ払いの足跡を見て「次は右足を踏み出すはずだ」と分析しているようなものです。
短期的に見れば、市場はカジノのルーレットと同じく、過去の動きを記憶していません。
だから、短期売買における「そろそろ戻るはず(逆張り)」は、根拠のない丁半博打に過ぎないのです。
② 長期視点:市場は「プラスサムゲーム」である
しかし、カジノと株式市場には決定的な違いが一つあります。
それは「期待値」です。
- カジノ(ルーレット): 期待値はマイナス(マイナスサムゲーム)。 ゼロ(ハウスエッジ)があるため、長く続ければ続けるほど、客の資産は確実に減っていきます。
- 株式市場(インデックス): 期待値はプラス(プラスサムゲーム)。 世界経済は、技術革新や人口増加によって長期的には成長し続けています。
酔っ払い(株価)は千鳥足でフラフラしていますが、長い目で見れば、その足取りは確実に「山頂(経済成長)」に向かっています。
ここが重要です。
「そろそろ上がる」という賭けは、「数分後」を当てるギャンブルとしては不正解ですが、「数十年後」を見据えた投資としては正解になり得るのです。
【監査警告】「バリュー投資」と「誤謬」を混同するな
ここで注意すべきは、「下がった時に買う(逆張り)」という行為の質です。
- 〇 バリュー投資: 「企業の業績は順調なのに、市場のパニックで株価が不当に安くなっている(PERなどの指標が割安)」と判断して買う。これは合理的です。
- × ギャンブラーの誤謬: 「チャートが下がりすぎているから、確率的に戻るはずだ」という値動き(過去)だけを見て買う。これは自殺行為です。
あなたの「そろそろ」に、企業の価値(ファンダメンタルズ)への根拠はありますか?
それとも、単に「赤が続いたから次は黒」というオカルトですか?
行動経済学監査:なぜ我々は損切りできないか
理屈ではわかっていても、私たちは暴落局面で「まだ持っていれば戻るはず」と祈り、塩漬け株を作ってしまいます。
なぜ、これほどまでに「損切り」ができないのでしょうか。
その犯人は、行動経済学で解明された「プロスペクト理論」と「処分効果」です。
① プロスペクト理論:損失は「2倍」痛い
人間は、「100万円得する喜び」よりも、「100万円損する痛み」を約2倍〜2.5倍強く感じる生き物です(損失回避性)。
含み損が出た瞬間、脳内では「痛み」の警報が鳴り響きます。
「この痛みを確定させたくない!」 その強烈な拒絶反応が、認知を歪めます。
「確率は半々なのだから、戻る可能性だってあるはずだ」 「今売ったら負けだが、持っていれば負けじゃない」
冷静な計算ではなく、「痛みの回避」のために、「そろそろ上がるはず」というギャンブラーの誤謬を自ら作り出し、それにすがってしまうのです。
② 処分効果:雑草に水をやり、花を抜く
この心理がもたらす最悪の行動パターンが「処分効果(Disposition Effect)」です。
- 利益が出ている時(勝ち): 「利益が減るのが怖い」→ すぐに売って小さな利益を確定する(早売り)。
- 損失が出ている時(負け): 「損失を確定したくない」→ 「いつか戻る」と信じて持ち続ける(塩漬け)。
これを園芸に例えるなら、「美しい花(上がる株)をすぐに摘み取り、雑草(下がる株)にせっせと水をやって育てている」ようなものです。
結果、ポートフォリオは塩漬けという名の雑草だらけになり、資産は枯れ果てます。
「利小損大」は、投資の才能がないから起きるのではなく、人間の本能に従った結果、必然的に起きる現象なのです。
対策と提言:ユリシーズの契約(積立投資)
ここまでの監査で、以下のことが判明しました。
- 短期的な「そろそろ」は当たるわけがない(ランダムウォーク)。
- 本能に従うと、損切りできずに自滅する(プロスペクト理論)。
では、どうすればこの「脳のバグ」を回避して資産を築けるのか?
総務部からの提言は一つです。
「予測を捨て、システムに頼れ」。
① 予測の放棄:「そろそろ」を禁止ワードに
まず、自分の直感を信用するのをやめましょう。
「上がりそう」「下がりそう」と思った瞬間、あなたの脳はすでにバイアスに汚染されています。
市場のタイミングを計ろうとする(マーケット・タイミング戦略)試みは、プロでも困難な神の領域です。
素人が手を出せば、高値掴みと底値売りの往復ビンタを食らうのがオチです。
② ドルコスト平均法:暴落を味方にする魔法
最強の対策は、「積立投資(ドルコスト平均法)」です。
毎月決まった日に、決まった金額(例:5万円)を、機械的に買い続ける。
ただそれだけですが、これがギャンブラーの誤謬を無効化する特効薬となります。
- 株価が上がった時: 同じ5万円で、買える口数は少なくなります(高値掴み防止)。
- 株価が暴落した時: 同じ5万円で、たくさんの口数を仕込むことができます(安値拾い)。
ここが重要です。
一括投資やタイミング投資をしている人にとって、暴落は「恐怖」です。
「もっと下がるかも」「そろそろ上がるかも」と迷っているうちに、精神が消耗します。
しかし、積立投資をしている人にとって、暴落は「バーゲンセール」に変わります。
「今月は安くたくさん買えた! ラッキー!」とポジティブに捉えることができるのです。
予測も、恐怖も、希望もいりません。
ただ淡々と買い付けるシステムが、自動的に「安く買って高く売る」準備を整えてくれます。
③ ユリシーズの契約:未来の自分を縛る
ギリシャ神話の英雄オデュッセウスは、魔物の誘惑に負けないよう、自分の体をマストに縛り付けました。
これを行動経済学で「ユリシーズの契約(事前コミットメント)」と呼びます。
積立設定(クレカ積立など)は、まさに現代のユリシーズの契約です。
理性が働いている「平時」のうちに、自動引き落としという拘束具で自分を縛ってください。
そうすれば、暴落という魔物が現れ、脳が「売れ!逃げろ!」と叫んでも、システムが勝手に資産形成を継続してくれます。
監査総括:感情を排除した「ルール」だけが、あなたを守る
モンテカルロの夜、破産した人々は「次こそは」と熱狂していました。
投資の世界でも、今日もどこかで誰かが「そろそろ上がる」と叫びながら、含み損の株を抱きしめています。
彼らに足りなかったのは、運ではありません。
「自分の脳はバグを起こす」という謙虚さと、感情を介入させない「ルール」です。
相場はランダムで残酷ですが、時間だけは裏切りません。
今日から、直感で売買するギャンブラーを卒業し、規律を守る投資家(インベスター)として、淡々と積み立てを続けてください。
数十年後、あなたの資産という名の船は、間違いなく豊かな港に到着しているはずです。


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